一般財団法人「女性科学者に明るい未来をの会」

本年の受賞者  第40回(2020年)猿橋賞 

第40回 猿橋賞受賞者 市川温子氏の研究業績要旨

「加速器をもちいた長基線ニュートリノ実験によるニュートリノの性質の解明」
“Unraveling the nature of neutrino by accelerator-based long baseline neutrino experiment”

 宇宙初期にエネルギーの塊から物質と反物質が等しく生成されたはずであるのに、なぜ現在の宇宙 には反物質がほとんどなく、物質のみが存在するようになったのかという根源的な謎の解明が待たれている。素粒子物理学の世界では、粒子と反粒子の性質の違い(CP対称性の破れ)が探求され、これま でにクォークにおけるCP対称性の破れが発見されている。しかしその破れは物質優勢宇宙を説明でき るほど大きくはない。ニュートリノにおいてCP対称性の破れを発見できれば、物質優勢宇宙成り立ちの 謎を解く鍵になると期待されている。市川温子氏はこのニュートリノの性質解明を目指し、加速器を用い たニュートリノ振動実験であるT2K(Tokai to Kamioka)実験に設計段階から携わって、ニュートリノ・ビ ームラインの建設と実験データ解析の両面で大きな貢献を成した。
 T2K実験では大強度陽子加速器J-PARCを用いて生成したミュー型ニュートリノを295km離れた検出 器スーパーカミオカンデに向けて出射する。市川氏はこの長基線の高強度ニュートリノビームの生成と、 ニュートリノビームの性質を高精度で測定するモニター群の建設について様々な独創的なアイデアを出している。とくに、生成装置の中でも最も厳しい環境で安定に動作させる必要がある標的と電磁ホーンを、研究グループを牽引して予定通りに完成させた。これによりT2K実験は2011年から2013年にかけてミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する「電子型ニュートリノ出現」を世界で初めて観測す るという大きな成果を挙げた。電子型、ミュー型、タウ型の3種類のニュートリノが振動によって混合する ことが確かめられ、ニュートリノにおいてCP対称性の破れを発見できる可能性が開けた。
 市川氏は実験データ解析においても、ニュートリノビームの性質の決定とその誤差の伝搬について 独創的な手法を確立し、CP対称性の破れを探索するデータ解析を中心となって牽引してきた。ミュー 型ニュートリノから電子型ニュートリノへの変化と、反ミュー型ニュートリノから反電子型ニュートリノへの 変化に頻度の違いがあれば、CP対称性の破れが明らかになる。T2K実験は2014年から反ニュートリノ ビームを用いた実験を開始し、現在までに有意度2σでCP対称性の破れの兆候を捉えている。
 T2K実験では、今後さらに、J-PARC加速器の強度増強やニュートリノ・ビームラインの増強が計画さ れており、CP対称性の破れが大きい場合に有意度3σで検出することを目標としている。市川氏は優れ た研究業績とともに卓越したリーダーシップを示し、2019年3月には約500名からなるT2K 実験の代表 者に選ばれ、今後の舵取りを託されている。


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